自分にOK

暦の上ではもう秋ですね~
ここからが体調をくずしやすいので、氣をつけねばであります

煩悩に「脳」というのがあるそうです
今日読んだマンガの中でのセリフが目を引いたので・・・・


自分が思っている人物像と全然違うと言い、責める相手に言った言葉です。
おまえは「脳」におちいっている
「脳」とは氣にいらんものへの腹立ちだ。相手が自分で思い描いた像にそぐわないと怒っているのだ。おまえはオレが三蔵法師と呼ばれるのがよほど氣にくわんらしいが、それはお前の心の事情で、オレには関係ない話だ。違うか

少し前に書いた『違いを認める』とは《私にOK・相手にOK》ということ。
とシンクロしているようで、ちょっと嬉しかったデス


もう1つ。同じく煩悩に「癡(ち)」というのがあるそうです。
「癡」とは人や物に虚像を見ること

「そんなものがあると安心だから、そんなものが欲しいと思い、そんなものがあると思い込む」それが癡の心だ。
だがいくら望んでも、ウッチはあなたの兄上とは別人だ。兄上のような言動を期待するのは、子どもには酷なことだと思う。


相手を認めていると自分では思っているはずなのに、意外にもNOのサインを送っている事があります。

でもね、自分を認めていたら、相手がどうであっても氣にならなくなりまする
それはつまり・・・
自分の持っている才能や個性を知る⇒自分を信じられる⇒自分にOK
ちゅうコトではないでしょうかね


今日読んだのは、『三蔵法師の大唐見聞録』(諏訪緑:著)
諏訪緑さん、好きなのだ

この記事へのコメント

みほ
2012年08月11日 11:58
最近、「信じているよ」と言われるのに、何故か責められているかのような違和感を感じることがありました。

「相手を認めていると自分では思っているはずなのに、意外にもNOのサインを送っている事があります。」
お母さんが「あなたならできるはずでしょ?!なんでしないの?!」と怒るのも同じかも知れませんね。
「できるあなたの力を信じている」のメッセージよりも「しないことを責める」メッセージになっちゃうんですね。
「自分を認めていたら、相手がどうであっても氣にならなくなりまする」自分にも人にもいつもOKを出していきたいと思います。
ありがとうございましたo(^▽^)o
よっこ
2012年08月11日 19:44
みほさん

共感をありがとうございます~
たかが言葉されど言葉
で、ありますね

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